動く魔法の絵本

1コマ1コマに美しさが刻まれています
ノルシュテインというロシアのアニメーション作家が創る作品は、アニメとは言っても一枚の紙に書かれた絵を時間差で動かして見せるようなスタイルではなく、紙や布など様々な素材で作られたパーツを、何層にも重ねられたガラスの上に置いて複雑に動かしながら1コマ1コマ撮影していくという気の遠くなるような手法で作られています。ノルシュテインの作品を一度でも観た人なら誰でもその幻想的な世界のとりこになってしまうでしょう。絵本のようなおとぎの世界が魔法のように動き出します。単に絵が動くだけではなく、奥行を感じさせる深い世界があります。ストーリーは少々哲学的で難解なものもありますが、『霧につつまれたハリネズミ』のようにベストセラー絵本となっているような親しみやすい作品も数多くあり、映像に付いている音楽もとても素敵で、バッハやチャイコフスキーなどクラシックの名曲が映像の世界をより引き立たせています。ノルシュテインの作品がたくさん入ったお得なDVDが日本では発売されていますので、「動く魔法の絵本」をぜひ一度味わってみてください。
ノルシュテインについて

こんな冷たさそうな水の中に入るなんて・・・
ユーリ・ノルシュテインは、1941年生まれのロシアのアニメーション作家です。家具職人をしていましたがやがてアニメ作家を志すようになり、芸術専門学校を経てソ連邦動画スタジオで働くようになりました。そのスタジオで『せむしのこうま(イワンの仔馬)』や『森は生きている』などのイワン・イワノフ=ワノや、『ミトン』や『チェブラーシカ』などで知られるロマン・カチャーノフらにアニメションの作り方を教わりました。映画の神様セルゲイ・エイゼンシュテインに強く影響され、モンタージュ技法(視点の異なる複数のカットを組み合わせて表現する映像編集のテクニック)を好んでいます。CGアニメを嫌っていて、「人間の想像力を疎外したものからは何も生まれない」と苦言を呈しています。僕は以前NHKのドキュメンタリー番組でノルシュテインの生活を観たことがあります。毎朝、極寒のロシアの池に出かけて行って寒中水泳をし、番組のスタッフから「寒くないですか?」と問われ、「熱くてヤケドしそうだよ」と答えていて、ずいぶんユーモラスな人だなと思ったものです。親日家として知られ、手塚治虫さんや高畑勲さんとも親交があります。1980年に着手したゴーゴリ原作の『外套』を、何度か中断しながら現在も制作中です。
美しい霧の描写

霧の動きをアニメで表現するのは難しそう
僕は、ノルシュテインの霧の描写がとても好きです。どのような手法を使って表現しているのか分からないのですがその幻想的な美しさにうっとりしてしまいます。ノルシュテインの霧の美しさを味わうのにお勧めの作品は、『あおさぎと鶴』や『霧につつまれたハリネズミ』です。(どちらの作品も日本で発売されている1枚のDVDに入っています。)特に『あおさぎと鶴』は、お互いに恋心を抱いているのになかなか想いを打ち明けられず、逆に意地悪をしてしまう二人(二匹)の微妙な心理を、霧の中の原っぱを舞台に繊細に表現していて、怒って霧の向こうに消えていくあおさぎの後ろ姿がとても印象的です。アニメ―ションでははっきりした色使いやくっきりした輪郭が好んで用いられることが多いですが、ノルシュテインの作品では水彩画のようにぼんやりとした美しさがそのまま複雑に動くので、まるで魔法を見ているかのような感覚になります。
絵画のように部屋に飾りたい作品

きらきら舞う雪の表現が美しい
ノルシュテインが助監督&アニメーション監督として参加したワノー監督の作品に『四季』というものがあります。ノルシュテインの作品はどれも好きですが、ノルシュテインが参加したものの中では僕はこれが一番好きで、もう何度も観ています。9分間ほどの短い作品なのですが、男女の出会いの喜びと別れの悲しみ、四季の移り変わりの中で繰り広げられる人間の一生を描いた素晴らしい作品です。チャイコフスキーの美しいピアノ曲(組曲『四季』の中の『10月 秋の歌』と『11月 トロイカ』)に乗せて、可憐な人形によるアニメ―ションが展開されます。舞い散る雪の表現がとても素晴らしく、旅先で訪れる街並みや愛馬の動きも可愛くて、壁に絵を飾る感覚で、DVDを再生させてお部屋のインテリアにしてしまいたいほどです。
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