コラム

孤独と救いを美しく描いたキェシロフスキ

どこを切り取っても美しい写真のような映画

僕の本棚に並ぶキェシロフスキのDVD

僕の本棚に並ぶキェシロフスキのDVD

映画の中で起こる出来事や映し出される映像、登場人物のセリフや動作は、物語を進行させるために具体的かつ説明的に設計されていることが多いのですが、ポーランドの映画監督クシシュトフ・キェシロフスキの作品には、一見すると物語とは関係のないようなショットやセリフがたくさん出てきます。しかしその暗喩のような表現がとても美しく、何気ない風景の映像や登場人物の一言がいつまでも心に残ります。キェシロフスキの映画はどこで一時停止してみても、その静止画をまるで美しい写真か絵画のように楽しむことができます。ぼんやりとした光や深い陰影に富んだアンティーク写真のような静止画の連続で映画全体が出来ているというようなイメージです。僕は、『デカローグ』の第1話「ある運命に関する物語」で少年が雪の積もった道端で出逢った同級生の女の子を見つけて微笑んだ場面で一時停止してみたり、『トリコロール 白の愛』で二人の男が池に張った氷の上を叫びながら走るシーンで一時停止してみたり、『ふたりのベロニカ』のイレーヌ・ジャコブの物悲しげな横顔のショットで一時停止して長時間眺めてみたり、その様子を誰かに見られたら「この人はどうして一時停止と再生を繰り返しているのだろう」と怪訝に思われるようなことをやって楽しんでいます。スクリーンショットでパソコンの壁紙にしたり、携帯電話の待ち受け画面にしたり、プリントアウトして卓上に飾ったりするのも良いかもしれませんね。それほど映像の瞬間瞬間が美しいのです。

 キェシロフスキについて

映像の詩人キェシロフスキ

映像の詩人キェシロフスキ

クシシュトフ・キェシロフスキは、1941年に生まれて1996年に亡くなったポーランドの人で、ドキュメンタリー畑出身の映画監督です。旧約聖書の十戒をモチーフにして人間の孤独と救いを描いた10個の短編からなる『デカローグ』という作品や、フランス国旗のトリコロール(青と白と赤)をモチーフにした『トリコロール 青の愛』『トリコロール 白の愛』『トリコロール 赤の愛』というシリーズ映画を作りました。キェシロフスキの映画は、何気ない情景の映像が主人公の心理的な移ろいを暗喩して物語を織り成していきます。キェシロフスキ自身は「ハリウッド映画では常に大事件が起きるが、私の映画では大げさなことは起きない。しかし人生を大きく変えるには些細なことで十分だ」というようなことを言っています。激しいカーチェイスや恐ろしい宇宙人襲来などで賑わうハリウッド映画とはまったく異なる雰囲気の作品で、何気ない日常の風景を切り取ったような映像によって登場人物の心理が描かれ、物語が進められていきます。その映像は息をのむように美しく、何度でも観たくなってしまうような中毒性のある魅力を持っています。

印象的な共通モチーフ

共通モチーフによって作品同士がつながっている

共通モチーフによって作品同士がつながっている

キェシロフスキの映画には異なる作品の間に印象的な共通モチーフがたくさん登場します。たとえば『デカローグ』は1時間くらいの短編が10個集まって出来ている作品なのですが、この10個の物語の登場人物が同じ集合住宅に住んでいるという設定で、時折それぞれの物語が触れ合う瞬間があります。「第7話 ある告白に関する物語」の主人公である大学教授の女性の部屋に、近所の老人が趣味で収集している切手を見せにやってくるシーンがあるのですが、これはこの第7話の物語には直接には何の関係も持っていません。最初は「なぜこんなシーンがここに挟まれてあるのだろう」と不思議に思います。しかし、「第10話 ある希望に関する物語」の主人公である兄弟の父親が有名な切手コレクターという設定となっており、ここで初めて、第7話にちらっと登場した老人はこの父親であったことが想像できるという仕掛けになっています。また、『トリコロール』という作品では、青の愛、白の愛、赤の愛、全三作を通して、街角に設置された空き瓶のリサイクルボックスに空き瓶を入れようとするのだけれど、身体が思うように動かずになかなか入れることができずにいるおばあちゃんが登場します。映画の物語と全く関係のないおばあちゃんのため、どうしてこんなモチーフを設定したのかなと思いますが、不思議なことにそれぞれの作品の主人公の心理状態と絡み合って、何とも言えず良い雰囲気を演出しています。このようにキェシロフスキの作品は、それぞれが独立した物語でありながら、他の作品と共通モチーフによって関係し合うことによって、創作物全体で大きな「キェシロフスキワールド」を作り上げています。

この映画で「アフォガート」を知りました

キェシロフスキ作品にはコーヒーがよく登場します

キェシロフスキ作品にはコーヒーがよく登場します

『トリコロール 青の愛』で主人公のジュリー(ジュリエット・ビノシュ)が、行きつけの喫茶店に入り「いつものを」とオーダーすると、バニラアイスとコーヒーが運ばれてきます。そしておもむろにコーヒーをバニラアイスにかけて食べ始めたのを見て、「おお、こんな食べ方があったのか」と、甘党でコーヒー好きの僕はずいぶん感動したものです。それは「アフォガート」というイタリアのデザートなのでした。それ以来アフォガートに夢中になってしまいました。また、キェシロフスキの映画には、透明なガラスのカップにコーヒーが注がれるシーンが多く登場します。「熱で割れたりしないのかな」と心配に思うと同時に僕もそのような耐熱カップが欲しくなり、ずいぶん探し求めたものです。透明なガラスのカップと言いますとアイスコーヒーを注ぎたくなりますがそうではなく、熱いコーヒーを注ぎ、立ち上る湯気を眺めたり、コーヒーの色を側面から楽しんだりすることができます。アフォガートや耐熱ガラスに入ったコーヒーを味わいながらキェシロフスキの映画を観るのはとても贅沢なひとときです。映画や絵本の中に出てくる食べ物というのはなぜだかとてもおいしそうですよね。(たとえば、くまのプーさんのハチミツなど。)映画を観終わると、思わずそれが食べたくなってしまいます。

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