ぎこちなさが美しい

人形を少しずつ動かしてコマ撮りする
パペットアニメーション(人形アニメ―ション)は、ストップモーション・アニメの一種で、人形やぬいぐるみを少しずつ動かしながらコマ撮りして作られます。膨大な手間と時間がかかりますが、それゆえに実写映画にはない深い味わいがあります。実写映画のようにスムーズではなく、少々ぎこちないその動きに、あたたかい手作り感を感じることができます。また、コマ撮りをする段階で、予想もしなかったもの(影やほこり、虫など)が映り込んでしまったり、手がぶつかるなどして被写体の周辺にあるものが少しずれてしまったりすることがあります。それはもちろんミスと言えばミスなのですが、そのミスが作品に不思議なアナログ感を加えてくれます。また、ロシアの作品には、パペットアニメ―ションに限らず、映画、音楽、文学、絵画などに共通して存在する独特な暗さがありますが、この暗さが日本人の心にはしっくりくるのではないかと個人的に感じています。
チェブラーシカ

ロシア語って何だか可愛い
ロシアのアニメ映画監督ロマン・カチャーノフの代表作に『チェブラーシカ』という作品があります。僕は20代の頃にこの作品に出逢って以来もう何度観たか分からないくらい繰り返し観ています。ロシアの児童文学作家であるエドゥアルド・ウスペンスキー作の絵本『ワニのゲーナ』に登場する可愛らしいチェブラーシカは、ロシアの子供たちはもちろんみんな知っていますし、その愛らしい姿は世界中で愛されています。4つのエピソードが制作されましたが、4つ目のエピソード「チェブラーシカ学校へ行く」は、前3エピソードからかなり時間が経ってから制作されたためか、キャラクターや作品の雰囲気が少し変わっています。僕は、1つ目のエピソードの始めのほうに登場する少し汚れていて毛がボサボサのチェブラーシカがとても好きです。「可愛い汚さ」というのがこの世には存在するのですね。また、この作品にはチェブラーシカの他にも魅力的なキャラクターがたくさん登場します。中でもチェブラーシカの親友となる孤独なワニのゲーナ、本当は優しい心を持っているのについついみんなに意地悪をしてしまうシャパクリャクおばあさんが僕は好きです。
ミトン

夫の帰りを待つ美しい妻の物語『レター』
ロマン・カチャーノフの作品で『チェブラーシカ』に次いで人気なのが『ミトン』です。これは、犬を飼うことをお母さんに反対された女の子が、赤い毛糸の手袋を子犬に見立てて遊んでいると、いつの間にか手袋が本物の子犬に変身している・・・というとても可愛いらしいメルヘンです。この作品も『チェブラーシカ』と同様にパペットアニメの豊かな動きが心をくすぐります。また、作品の中で、広場の街頭スピーカーがラッパを吹いているかのように動く映像があり、それに合わせて実際にラッパのBGMが重ねられているシーンがあって、なんて素敵な演出なんだろうと感動したものです。そのようなおもしろい演出があちこちに散りばめられていて、何度観ても見飽きることのない作品です。また、『ミトン』のDVDには、『ママ』という作品と『レター』という作品も収められていて、僕は個人的にはこの2作品が『ミトン』と同じくらい好きです。
ロマン・カチャーノフについて

コマ撮りによって生み出される繊細な表現
ロマン・カチャーノフは、ロシアを代表する人形アニメーション監督で、1938年にスモレンスクの美術学校を卒業後、モスクワに本拠地を置くソユーズムリトフィルムで働いて腕を磨きました。後輩には、後に世界的に評価されることとなるユーリ・ノルシュテインがいます。ロマン・カチャーノフの作品は、コマ撮りを駆使して繊細な情感を表現するのが特徴で、代表作には、『ミトン』(1967年)、『レター』(1970年)、『ママ』(1972年)、『チェブラーシカ 』シリーズ(1969年、1971年、1974年、1983年)などがあります。学校の後輩であり弟子でもあるユーリ・ノルシュテインは、『チェブラーシカ』ではワニのゲーナを担当したことで知られています。ノルシュテインはカチャーノフをとても尊敬していて、カチャーノフが亡くなった時にインタビューで「私の中でずっと生き続けています」と語っています。
この記事に関連した商品